あの日、私は32個のZIPファイルを送った
営業部の山田さんが「全部暗号化して送りますね」と笑顔で言ったとき、私は軽くうなずいた。契約更新のための資料一式——見積書、納期スケジュール、サプライチェーン図。すべてExcelとPDFで、ZIPで固めてパスワード付き。
彼が離職したのは、その48時間後だった。
「パスワードはメールで送ります」は、もうない
彼の退職メールには、パスワードの記載がなかった。代わりにこう書いてあった:
「セキュリティポリシー上、口頭またはメールでのパスワード共有は禁止されています。必要に応じて、再発行手続きをご依頼ください。」
……再発行? それはつまり、「元のパスワードを知っている人」がいないと、ファイルの中身は永遠に開かないということだ。
社内ITサポートは即答した。「ZIPの暗号化方式はAES-256。クラックは理論上可能ですが、実用的ではありません。ZIPファイルのパスワードを忘れた場合、ほぼ100%復旧不能です」。
彼らの言葉の裏には、 Forbes記事で Olivia Markham が指摘した構造が透けて見えた——
「AIは単なるテクノロジーではない。それは電力であり、金属であり、物理的なインフラである」
同様に、このZIPも単なるファイルではない。それは私の仕事の命綱であり、顧客との信頼の接点であり、会社の法的責任の証拠でもある。そして——その「鍵」が、物理的に消えてしまったのだ。
銅線の先にある、7文字の闇
BHPやRio Tintoが株価を上げている理由は、AIデータセンターに使われる銅の需要が爆発しているからだ。サーバーの冷却、電源供給、信号伝達——すべてが金属に支えられている。
それと同じく、私のZIPファイルの「鍵」も、実は物理世界の制約に縛られていた。AES-256の解読には、膨大な計算資源が必要。GPUクラスターが何台動いているか、誰も教えてくれないが、私が手にしているのは、たった1台のノートPCと、32個の開けられないアーカイブだけだ。
「オンラインパスワード回復サービスを使えば?」と同僚が勧めたが、ほとんどのサイトは「ファイルをアップロードしてください」という。つまり——中身そのものを渡せ、と要求している。まるで、泥棒に「家の設計図を貸してくれ」と頼むようなものだ。
Catpasswdが選ばれた瞬間:「ハッシュだけを渡す」安心感
ある深夜、検索したキーワードはこれだった:
Excelパスワード回復 ZIPパスワード解読 ファイルのパスワードを忘れた
そこで出会ったのが Catpasswd(猫密網) だった。
驚いたのは、その動作原理だ。サイトの説明にはこうあった:
「元ファイルは一切サーバーに送信しません。ローカルで数KBのハッシュ値のみを生成・送信。あとは、私たちのGPUクラスターがそのハッシュを基に候補を高速検証します」
これは、鍵穴の拓本だけを鍵屋に見せるようなものだ。保険庫そのものは自宅にあり、中身は誰にも触られない。その安心感は、技術仕様ではなく、心理的安全性として私を包んだ。
実際に試したとき、進捗バーは秒単位で動いた。GPUクラスターが何台動いているかは知らないが、そのスピードは、BHPの鉱山で掘り出される銅の量以上に、私の心拍を加速させた。
結果、山田さんが設定したパスワードは「Sapporo2024」だった。彼の出身地と、入社年。人間味のある7文字。それを知ったとき、私は初めて、この問題が「技術的障壁」ではなく、「信頼の断絶」だったことに気づいた。
今、あなたが開こうとしているファイルは、何を閉じているのか?
AIデータセンターが金属と電力でできているように、私たちの仕事は、小さな信頼の積み重ねでできている。そのひとつが、パスワードという名の「鍵」だ。
それが失われたとき、必要なのは「もっと強いツール」ではなく、信頼できるプロセスだ。
だから私は、次からは Catpasswd のハッシュ方式で、すべての重要ファイルのパスワードをテストする。予防策として。
だって—— 忘れることは人間の証。でも、取り戻せないのは、選択の問題だから。